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コーヒーがブラジルにもたらした富

コーヒーの産地は世界に数あるが、そのなかで、生産量、輸出量ともにトップとなっている世界最大のコーヒーの産地はブラジル。とくに十九世紀後半には、世界のコーヒー生産の半分以上をブラジルが占め、ブラジルの輸出品の六割をコーヒーが占めているという時代もあった。とはいえ、ブラジルでコーヒーがさかんに栽培されるようになったのは、アメリカ独立戦争の発端となったボストン茶会事件がきっかけだった。イギリスとの不和のために紅茶をあまり飲めなくなったアメリカ人は、コーヒーをさかんに飲むようになり、コーヒーの需要が増加。新興国アメリカへの輸出のために、ブラジルでのコーヒーの生産は激増したのである。ブラジルでのコーヒーの生産は、はじめはリオデジャネイロ近くのパライバ川流域ではじまったが、のちに、サンパウロ州の高原に移った。この高原には、コーヒーの栽培に適したテラ・ロッシャが広がっていたからである。コーヒーのおかげで、ブラジルには富が蓄えられたが、それはたんに金銭的なものだけではなかった。富を蓄えた農場主たちが政界に進出する一方、コーヒー栽培のための労働力として、たくさんの移民がブラジルに流入してきた。やがて、ドイツ・イタリア系移民はブラジルの工業化を推進し、シリア・レバノン系移民は商業や金融業に進出して、財界の大物を輩出するようになった。コーヒーは、金銭的な富だけでなく、政治、経済、工業の分野に多くの人材を生み出して、ブラジルの近代化を進めることになったのである。

エンバシー・ホテル・アパートメンツの説明

エンバシー・ホテル・アパートメンツは、美しい緑の庭に囲まれたロマンチックなアパートメントホテル。サンタモニカのプロムナードにも近く、滞在は非常に便利。LA市街を眼下に見下ろす高台にあるこのあたりは、夜景も美しく、治安も比較的良い地域である。周辺にはセンチュリーシティをはじめとする大型ショッピングモールやドラッグストア、Kマートをはじめとする安いスーパーなどがあって、レンタカーで食料品などを買いに行くのもいい。また、LAで最も人気のあるメルローズ・アベニューや、高級ブランドのロデオ・ドライブ地区にも近い。もうひとつLAで便利なのが、海辺の街サンタモニカ。ここには美しい白砂のビーチと歩いてショッピングができるサードストリート・プロムナードがあり、海辺のアパートメントホテルに滞在すれば、非常に気分がよい。水、金、土、日の午前中には、プロムナードに近郊の農園業者がトラックに新鮮な果物や野菜を積んで売りに来る「朝市」が開かれ、サンタモニカ名物となっている。このサンタモニカから、海岸沿いに続くベニス(Venice)、マリナ・デル・レイ(MarinaDelRay)などにも、設備の良いアパートメントホテルが沢山ある。レンタルハウスやアパートメントホテルの料金は、3日間から、1週間、1か月単位と様々あり、長期滞在するほど安くなるシステムだ。気に入った場所を見つけたら、そこを常宿にすると、更に使いやすくなる。

秋田というと秋田美人を思い出す

秋田というと秋田美人を思い出すが、たしかに、色白で目鼻立ちが整った人が男性女性を問わず多い。ただ、そのわりには、芸能人で秋田出身というのが少ないのが不思議なところだ。よく知られたところでは、桜田淳子くらいだったが、演歌歌手の藤あや子の出現でやっと代表選手が出たというところ。タレントをたくさん輩出している九州と違って自分を積極的に売り込んでいこうという積極的な自己主張や個性の発揮がないのが芸能界向きでないのだろうか。県内には瓦葺きの家が少ない。豪雪地帯なのでトタン屋根の方が好都合なのだ。ただ、北西部の海岸沿いには瓦葺きが多い。風が強く雪は少ないからだ。本庄市周辺には創業者の斎藤憲三が仁賀保町出身ということでTDKの関連企業が多い。秋田県はだいたい旧出羽国の北半分だが、北東部の鹿角周辺だけは陸奥に属し、地名にも「陸中」とつくものが多い。小坂町はかつては銅山で栄えたが、「康楽館」という古い芝居小屋が残りがっての繁栄を偲ばせる。